それは全誓霊中、最大の。
第百四十七話 ドゥヌハイの正体



 手を縄で縛られたまま、カヌエは雨林の中を歩いた。かなりの不満を感じていたが、サナが手にしている新兵器であらぬところをちょんぎられて悲惨なことになるよりは、自分も岩場まで一緒に向かったほうがまだましだった。
 それに岩場にいったところで彼らが何か出来るわけでもない。潮も満ち始めた頃なのだから。
「ねぇ、ちょっと皺白髪」
「……」
「――あんたのことよ?」
 ギラリと光る鋏をカヌエの頬にぺっとりくっつけて、サナが凄む。
「なんだよ」
「なんでそんな外套を纏ってるのよ。いつもは上半身裸で暴れ回ってるくせに」
「いつ俺が暴れ回ったよ。そりゃお前の方だろ、ぺたんこ」
「あたしのどこがぺたんこですってぇっ?」
 叫ぶサナを、家坂がまぁまぁ落ち着いてサナちん!と宥めるのを半笑いでカヌエは見た後、雨林の隙間から見える空を見上げた。
「第四の月がまだ残ってる」
「は?」
「そういえば、残りの月は全部新月ですね」
「シンゲツ?なんだそれ」
「月が全部隠れることを、私の星ではそういうんです」
「ふぅん」
「まぁ、ワデンの月はハーナを封印したために昇ったものだから、天体の月とはちょっと違うのかもしれないですけど、満ち欠けはあるみたいですね」
 見上げた璋子の横顔を見てカヌエは空に視線を戻した。
「全ての月が闇隠れするのは、全ての月が満つるのと同じくらい珍しい。そも、五つが昇ること自体がそう無いことだからな」
「……全ての月が満つる時」
「ハーナ復活の時だ。それか」カヌエは喉を鳴らした。「ヌハが生け贄にされて阻止される時、いずれか」
「……」
「闇隠れの時はどうなるんだ」
 後ろから声がかかった。
 喜音が質問をしていた。
「……全ての月が闇隠れの時は、海深くに眠る古城が出現する」
「古城?海底にあるのか?」
 驚いたようなバイスの声があがる。
「そうだ。ここら一体の潮が引いて古城が現れる。名を、カウテース・レーギア」
「……全き城」
「!」
「今は無き言葉ですね。急に頭に浮かん……え?つまり」
 璋子の見開いた目をカヌエは見返した。
「そうだ。カウテース・レーギアはかつてハーナが住んでいた。今では主を失った城だ」



 璋子たちがドゥヌハイの岩場まで向かっている頃、レンとミモザは予想通り、その岩場までたどり着いていた。
 昼御飯を食べた後に、レンがミモザにイシカの匂いを辿ってもらったのだ。
 ミモザの背中に乗って(とうとうレンは乗れるくらいの大きさにまで成長した)、雨林を駆けた先は、海が広がる岩場。
 ごつごつした岩の表面に気をつけながら歩いていくと、波で削られて湾状になっている場所に、イシカは一人置き去りにされていた。
 足下にバルバルの葉に乗せられた魚や果物も一緒に置いてあった。
「イシカ!」
『……レ、レンっ?』
「待ってね、今降りるから――」
 ミモザの背から声をかけ、器用に岩場をキックスは降りていく。砂場に着地すると、一目散に駆け寄った。
『馬鹿!どうしてきたんだ!な、なんで、ここが!』
「何を言っているのか判らないよ」レンは笑った後、イシカに向かって頭を下げた。「ごめんね、イシカ。こんなことになって、ごめんね」
『おい、なんで頭さげてるんだ、何を言ってるかわかんねーぞ!』
「イシカが罰を受けるなら僕も受けるよ。ここで何をすればいいの?僕も……縄があればいいんだけど」
 何もなさそうだと周りを見渡してから、レンはイシカの縛られている岩の隣に座り込んだ。
 イシカを見上げ、にっこりほほ笑む。
「罰が解けるまで、僕もここにいるよ」
『おいレン!おまえはここから逃げろ、ここにはドゥヌハイ様がくると言われてるし……、何より潮がっ』
「?」
『だから潮がっ!』
「僕もここにいるよ」
 笑った顔にイシカは顔をくしゃくしゃにした。
『……っ、頼むよ、レン。俺を置いて逃げてくれよ!』
「大丈夫。僕も受ける。友だちだもの」
 意志の疎通がまるでなっていないまま、二人と一匹はただ波の音を聞いて黙った。
 レンはイシカの隣に座って暗い海を見ていると、不思議と落ち着いた気持ちになった。イシカは罰を受けているのだし、自分もその罰を一緒にと思っているのだから、あまり穏やかな気持ちでいるのも本来ならおかしな話なのかもしれない。
「イシカ……僕は、どうしてもこれからも旅を続けなくちゃいけないんだ。だからもうすぐイシカともお別れなんだ」
『?』
「でもね、忘れないで。僕はイシカを忘れないよ。この雨林で出会った君を、僕は絶対に忘れない。忘れなかったら僕たちはずっと友だちだよ。例え――」レンは声が咽喉に張り付きそうになるのを感じた。「例え、もう、会えないかもしれなくても」
『レン?』
「……あれ」レンはふと違和感を覚えて立ち上がった。足下に何か冷たいものが触れたのだ。下を見ると、顔がこわばった。「……え、水?」
 あたりを見渡し呆然とする。
 今までは岩肌が露出していた部分にひたひたと水面が現れたのだ。
(潮――満潮になるんだ!)
 レンの表情を見て、イシカは頷いた。
『ようやく理解してくれたか。ここは満潮時、海水があがってきて、あの岩場の縁まであがる。おまえはここに居ちゃ駄目だ』
「どういうこと?イシカはここで……満潮時はどうなるの?」友だちの表情にレンは顔を歪めた。「そんな――罰って……」
『岩場を昇って、おまえたちはここから離れろ』
「……っ」
 レンは岩場の左右に目を振って、何かを掴むと、イシカの縄を削り始める。手に持てるほどの石のかけらを見つけたらしい。
『レン、よせ!』
「やだ……いやだ!」
『罰なんだ、おばばがそう言ったんだ!俺は受けなくちゃ駄目なんだ!』
「いやだ!間違ってる!イシカがこんな……間違ってる!」
 太く水に濡れている縄は尖った石でもほとんど削ることができない。レンはミモザを見た。
(お姉さんを呼んできてもらえば――だけど)
 迷惑がかかる――
(しっかりするんだ、ちゃんと考えるんだ……優先すべきことはイシカの命だ。お姉さんに頼むしかない)
「ミモ……っ?」
 波が岩場に寄せて、レンの足下をさらった。勢いよく引き倒され、ごつごつした岩場を身体はあっけなく転がる。
『レン!』
 ミモザに頸を食まれて止まったレンは腕や足の切り傷に滲みる塩水に顔をしかめながら、頭をふるった。
(急に満ち潮が……違う、そうか、ここは湾だから極端に狭まってるんだ)
 空が轟いた。
 灰色の雲がみるみる覆っていく。
「ミモ、お願いです、お姉さんを……ここまで連れてきてください」
 んーふ、んふ
「大丈夫、僕はイシカの縄を少しでも切らなくちゃ」
 んふんふ
「行って!ミモ!」
 ミモザが何度かその場で蹄を鳴らすと、岩場を上っていく。
『お、おい!待てよ獣!こいつも連れて行け!』
 波がまた岩場に乗り上げ、レンはイシカの岩場に掴まって耐えしのぐ。
 その小さな姿に、イシカが悲鳴を上げた。
『誰か、……お願いだ、誰かっ!こいつをここから離してくれっ!死んじゃう!レンが死んじゃう!』
「……けほっ!」
 水を吐き出すと、再びレンは一心不乱に縄を切り始める。
 空が再び轟いた。



 空気が変わった。
 カヌエはそう感じた。
 雨林がざわめいている――いつもよりもずっと水を含んだ風が肌に当たる。
 藍色の空が灰色に覆われ、星が消えていくのを見ると眉根を寄せた。
 まさか――
「ドゥヌハイか」
「え?」
「空の様子がおかしい……ドゥヌハイがまさか本当に現れようとしてるのか」
「ドゥヌハイの岩場っていうんだから現れるんじゃないの?」
 サナが怪訝な顔をしたが、喜音は考え込むようにして言った。
「――いや、俺たちが難破したとき、一緒に船に乗っていた男が、潮主の姿はほとんど誰も見ていない、だから討伐できないと言っていた。ならば、岩場にだけは現れると考えるのも変な話だ」
「現れたって話は聞いたことないな」カヌエが答えた。「ただ、そういう名称がついているだけだと俺は認識している。ドゥヌハイは海底深くに住み着いていて、それこそ例のカウテース・レーギアの近くに生息しているんだと。まぁ、本当かどうかは判らねーけど」
『カウテース・レーギア近くに生息……』
「トゥルネ?」
『それはもしかすると』
 目の前から突然、黒い固まりが飛び出してきた。
「ミモザ?」
 んーふ!んふんふ!
「チビの居場所だな、案内しろ」
 んふふ!
 再び駆けていくキックスの後を喜音が追っていく。カヌエはそれを見ると、後ろにいた璋子を振り返った。
「おい」
「言いたいことは判ります。たぶん、あの人には判ってるんです」
「まじか。あのもじゃもじゃもじゃの言葉を?」
「彼、キネゴロウなんです」
「きねごろう?」
「タマコ、俺たちも追うぞ!」
 バイスが駆けだしていくと璋子たちも慌てて雨林の中を走り出した。
 走り出して五分もしないうちに、雨林は視界から開け、潮の匂いが増した岩場にたどり着いた。
 空が轟き、閃光を放っている。
 暗くて見えなかったため璋子は杖を掲げた。
「光の子よ、笑え」
 辺りを照らし、岩場をみる。
「星屋、こっちだ!」
 喜音の声がした方角を照らし、走り出す。
「まじでドゥヌハイの雲だ」
「うわ、ちょっと、ここ滑る――っ」
 璋子は喜音とミモザの側まで行くと、その足下だけ抉られたようにぽっかりと空間があった。
 杖で中を照らす。
 岩場に括り付けられたイシカと、その横で岩にもたれているレンが見えた。二人とも腰まで海水が迫っていた。
「レン君!イシカ君!」
 声と光に気付いたイシカが身体を震わせて声を張り上げた。
『あ……あ、助けて!レンが、こいつ急にぐったりして!』
「待ってて、今降りる――」
 璋子がカントを呼び出そうとした、その瞬間だった。
 空気を割るような大音量が海から響く。
「うあ!」
 思わずその場にしゃがみ込み、耳を塞ぐ。
 いったい何だと言うのだ――
「――マコっ!――れ!」
「っ?」
 顔を上げ、サナが指さしながら絶叫している方をみた。
 そこには大きな大きな何かが岩場に頭を乗り上げていた。
「なっ」
「まさかドゥヌハイか」
「……というか、あれって」
 璋子は呆然と呟いた。
 あれは。
 ――鯨!
 再び大音量が響く。
 鯨が大きな口を開けレンとイシカのいる岩に突進したかと思うと、勢いよく飲み込んだ。
 璋子は岩場から飛んだ。
「カント!」
『待て、月喰い――そやつは』
「!」
 鯨の背後から水流が巻き上がり、璋子目掛けてつっこんでくる。避けられなかった。
 水が身体に勢いよくぶつかり、地面に叩き付けられる――
「っ!」
 カントの風を纏い、衝撃を何とかしのぐ。しかし体勢を整えるまもなく、鯨は海の中に戻っていこうとしていた。
「レン君、イシカ君!」
『落ち着け月喰い』スロウが姿を現した。『あやつは』
「判ってる」璋子はずぶぬれになりながらも叫んだ。「判ってる、あの子が誓霊だってことは!」
「な、なんですって?」
 岩場に降りてきたサナが璋子の言葉に声を裏返す。
「気配では判ってた。でもどこにいるのかも、その形も判らなかった!こんな急に現れるなんて……!」
『あやつは五ツ月昇りし後、初めて月喰いの前に姿を現した誓霊の一つ』
「え?」
『おまえを試そうとしている。心せよ、月喰い。あやつを誓いの輪に戻すためには、あやつの名をお前が見つけなければならない』
「名前?……待って、待って!」混乱しそうな頭を振るった。「その前に、二人を飲み込んでるんだよ!」
『おまえが月喰いなるものか』
 鯨から深い――深い声が響いた。
「!」
『初めて見る。隣にいるのはスロウか。久しいな』
『実に八千年ぶりだ』
『月喰いなるもの、カウテース・レーギアで待っている』
「!」
『それまでは、この者らは預かる』
「待って!どうして」
『我の名を探すがいい。お前が我の力を行使するに相応しき者かどうか、見させてもらうとしよう』
「……」
「ほ、星屋さん」
 家坂の声が聞こえた。
 璋子は鯨を見つめた。杖を握りしめる。
「……カウテース・レーギアで待っていてください」
『受けて立つか、小さき者よ』
「約束をしてください、貴方が用があるのは私。レン君とイシカ君の安全は約束してください」
『約束か。命令と言わないだけましか』
 鯨は笑い、海の中に沈んでいく。
 轟いていた雲が引いていき、海面の渦巻きが消え、静かな凪の夜の海に戻っていく。
 その間、誰一人として声を発しなかった。
「月喰いの力を試そうとする誓霊がいるとは思わなかった」
『むしろ、今まで集めた誓霊たちにいなかったことを喜ぶのだな。誓霊にもそれぞれの立場がある。ハーナとの距離も違う』
「……」
「星屋さん」
 家坂が声をかけると、海を見ていた璋子は振り返った。しかしその目は、カヌエを見ていた。
「明日か明後日ですよね」
「あ?」
「全てが新月になる晩です」
「……ああ」
「行くのね、タマコ」
「行くよ」杖をぎゅっと鳴らして強く掴んだ。「二人を助けなくちゃ。それに鯨さんには誓いの輪に入ってもらおうじゃないですか」
「だけど、名前を探さなくちゃいけないんだろ?」
 バイスが腕を組んで聞く。
「それは今から探します」
「おいおい、大丈夫かよ」
 呆れたカヌエに璋子は決然とした表情で杖をつきだした。
「星屋璋子の根性、なめるなよ!」
「……」
「ぶへくちょい!」
「ああ、ああ、ずぶぬれだから、あんた……」
「だって鯨さんがぁぁ」
「格好つかないな、まるで」
「それは言わないでぇぇ」



 嗚呼。
 地球に居るだろう、父と母、そして私の煩くも愛しい四人の弟たち。
 お姉ちゃんはRPGでいうところの、勇者、挑戦的な誓霊と初遭遇〜レン君、ピノッキオ。そして鯨よ、君の名は〜までやってきました。
 次回はなんと、新月の晩に出現する海底の古城カウテース・レーギアに侵入です。
 そこはハーナが住んでいた城とのこと。それだけでも興味深いですが、まずはレン君とイシカ君の救出と誓霊獲得がんばります。
 兎もいれば鶏もいて、想像上の獏登場かと思えば、大鯨ですって。もうなんでもありなんですね、ワデン。
 ところで非常に気になるのは、鯨さんのお腹の中です。
 ええと……消化酵素は少なめでお願いします。レン君たち、溶けるのは衣服だけにしていてね!



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